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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)361号 判決

一審被告、三五六号被控訴人、三六一号控訴人 福岡銀行

理由

一、一審被告が予ねて原判決別紙目録(一)記載(A)(B)の建物その他の不動産並びにこれに備付けられた別紙目録(二)記載の機械器具(以下これを三条物件という)中ボイラー工事及び煙突を除くその余の物件につき訴外ミヅホ産業株式会社(以下単に訴外会社という)に対する債権担保のため極度額一、五〇〇、〇〇〇円の根抵当権の設定を受け、三条物件については工場抵当法第三条の目録を提出していたこと、一審原告が昭和二七年四月三〇日前記目録(一)記載(A)(B)(E)の建物を、訴外会社に対する国税滞納処分による公売において代金三九〇、〇〇〇円で買受け、同年五月二日その旨所有権取得登記を経たことはいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一七号証並びに原審における一審原告本人尋問の結果(第一回)によれば、一審原告が昭和二六年一二月二一日同目録(一)記載(F)(G)(H)の宅地及び同(C)の建物を、前同様国税滞納処分による公売において、代金四四〇、〇〇〇円で買受け、昭和二七年二月八日その旨所有権取得登記を経、又昭和二七年一一月頃同目録記載(一)(D)のイ、ロ、ハの建物を訴外古賀由太郎から譲受け、昭和二九年二月一五日売買名義をもつて所有権取得登記を経たことが認められる。

二、次に(証拠)を綜合すれば、一審被告は、一審原告が前記の通り公売により(A)(B)(E)の建物の所有権を取得したが、右(B)の建物内に備付けられている三条物件は右公売より除外され、したがつて一審原告においてその所有権を取得していないとの見地に立ち、三条物件を売却処分することにより訴外会社に対する債権の一部を回収することを企画し、昭和二八年二月頃同会社の代表取締役である訴外海谷武雄を招致し、右趣旨を告げて三条物件を(B)建物より撤去しこれを売却処分すべきことを慫慂した結果、海谷もこれを了承し、ここに一審被告は担保権者として、また海谷は所有者として互に意思を通じて、同月二一日頃より数日に亘り人夫を使用してB建物より三条物件を撤去し、その大部分は訴外会社より訴外塚本三男に売却され、買得金は必要な経費を控除した上一審被告に支払われ、一審被告の訴外会社に対する債権の一部弁済に充当されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、そこで一審被告等による三条物件の撤去が一審原告の所有権を侵害するものであるかどうかについて以下考察する。

先ず(証拠)によれば、(A)(B)(E)の建物につき国税滞納処分がなされるにあたり、三条物件についても昭和二六年一一月一六日大牟田税務署員訴外小川信雄(現姓原田)により差押のなされたことが明らかである。

しかしながら右のように差押えられた三条物件が、その後公売の対象となつた事実は以下記載する理由によりこれを肯認することができない。すなわち、成立に争のない甲第八号証の八及び原審における検証の結果(添付写真第三ないし第五)によれば、大牟田税務署保管にかかる昭和二七年三月一五日付公売公告案には、同月二七日執行されるべき公売の物件として(A)(B)(E)の建物が記載されており更に(B)建物の表示の末尾に「三条物件動産を含む」旨記載されているのであるが、一方成立に争のない乙第九号証によれば、新聞に掲載された昭和二七年三月一五日付公売公告は単に(A)(B)(E)の建物につき公売を執行すべき旨記載されていて、三条物件の表示を欠いており、又成立に争のない乙第一三号証の一、二によれば、右公売期日に先立つ昭和二六年一二月二一日の公売期日についてなされた同月八日付公売公告にも公売物件として単に(A)(B)(E)の建物のみが記載され、三条物件の表示を欠いていることが認められる。以上の事実を綜合すれば、仮に右公売公告案が専ら税務署の掲示板に掲ぐべき公告の案文であつて新聞による公告のそれではないとしても、右公告案中「三条物件不動産を含む」旨の記載部分は後日挿入したものであつて、少くとも公告当時には存しなかつたものと推認される。次に原審における検証の結果(添付写真第六、第七)によれば、大牟田税務署保管の再公売見積価格調書には(A)(B)(E)の建物につきそれぞれ見積価格等が記載され、摘要欄末尾に「三条物件(動産)含む」との記載の存することが認められる。しかし右見積価格調書の価格算出方法につき更に検討するに、見積価格は各建物毎に坪当り単価に建坪数を乗じてこれを算出してあり、三条物件の価格を加算した形跡は毫も認められない。尤も前記関野証人は原審において、三条物件の価格はこれを約四万三千円と見積り各建物の見積価格中に加算してある旨供述するけれども、原審における鑑定人堀際一年、同長徳重の鑑定の結果によると、三条物件の価格は昭和二七ないし二八年頃において少くとも一、二〇〇、〇〇〇円を下らないことが認められ、これと前記見積価格調書の見積価格合計金三六八、〇〇〇円と対比すれば、関野証人の右証言は到底採用することができないし、延いて右調書中「三条物件(動産)を含む」との記載も亦後日追記されたものと推認されるのである。このようなわけであるから大牟田税務署保管にかかる訴外会社に対する滞納処分関係書類中、三条物件があたかも公売の対象に包含されているかのごとき記載はいずれも真実を伝えるものではないというべきである。更に成立に争のない甲第一〇号証の一、当審における一審原告本人尋問の結果により真正な成立を認め得る同号証の二ないし六によれば、一審原告が(A)(B)(E)の建物の所有権を取得した後設立された訴外瑞穂物産株式会社に対し、一審原告より(A)(B)(E)等の建物のみならず三条物件も亦提供された事実が看取されるのであるが、右は一審原告において三条物件の所有権が自己に帰属したとの見解の下に恣になしたものと解すべく、同号証によつて直ちに三条物件が一審原告の所有であると認めることはできない。しかして成立に争のない甲第一五号証の一二、前記田辺、関野の各証人、原審証人宮本善一、当審証人原田信雄の各証言、並びに原審及び当審における控訴本人尋問の結果中、三条物件が公売の対象にふくまれており、一審原告において(A)(B)(E)の建物とともにこれを落札してその所有権を取得した旨の部分は、いずれも後記採用の各証拠に照らし採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。

却つて前記の通り本件公売公告には終始公売物件として単に(A)(B)(E)の建物のみが記載されていて三条物件の表示を欠いていること、再公売見積価格は(A)(B)(E)の建物につきそれぞれ坪当り単価に建坪数を乗じて算出してあり、三条物件についての価格見積りがなされていないこと、以上の事実に成立に争のない甲第八号証の九、第2一一号証、同第一六号証の一、二、同第一七号証の一、二、同第一八号証、同第一九号証、同第三三号証、前記海谷、古閑、坂口各証人、原審証人西原金男、同一木増太郎、同末次政市の各証言を綜合すれば、訴外会社に対する国税滞納処分の執行にあたり、三条物件につき差押はなされたけれども、公売の段階において誤つて公売物件から脱漏し、公売は結局(A)(B)(E)の建物についてのみなされ、一審原告も亦(A)(B)(E)の建物についてのみ落札してその所有権を取得したものと認められる。

しからば、一審原告は三条物件の所有権を取得したものではないから、一審原告の本訴請求中、三条物件の撤去自体によりその所有権が侵害されたとして、一審被告に対し不法行為に基く損害賠償を求める部分は、失当として排斥を免れない。

四、次に(証拠)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、前記の通り一審被告及び海谷は互に意思を通じて(B)建物から三条物件の撤去搬出をなしたのであるが、右撤去の方法が杜撰で、且つ撤去後の建物及び敷地の保存等について適切な措置を講ぜず、特に鹸化釜等の備付けられていた部分を掘起してその跡にできた大きな空洞を放置したため、敷地東側の溝の水が建物内に侵入して基礎部の土が溝の方へ流出し、地盤がゆるんだり柱が折損したりして建物が傾斜し、著しい損傷を蒙るに至つたものであり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところでたとい自己に撤去の権限がある物件でも、他人所有の建物内に備付けられている場合これを撤去するにあたつては、慎重な配慮が必要であり、特に搬出後、建物に損傷を生じないよう空洞を充填する等適切な措置を講ずべきことは社会通念上当然の義務というべきところ、三条物件の撤去搬出にあたつてはかかる注意義務の懈怠があつたことは明らかであり、三条物件の撤去が一審被告及び海谷において互に意思を通じてなしたものである以上、一審被告も亦共同不法行為者としてその責任を負うべきことは論を俟たない。そして成立に争のない甲第二〇号証の二によれば、(B)建物は右損傷にかかわらず、なお修理によつて原状に回復することが可能でありその修理費用としては金四九八、五五〇円を要することが認められる。しからば一審原告は一審被告等の不法行為により右金額相当の損害を蒙つたものと解すべく、一審被告は一審原告に対し、右金四九八、五五〇円の支払をなすべき義務がある。

五、一審原告は更に、一審被告等が三条物件撤去の際、同時に(D)のロの建物から雨樋、(D)のハの建物から鉄扉及び鉄製梯子、(C)の建物から雨樋をそれぞれ撤去搬出したため、右物件の時価相当の損害を蒙つた旨主張する。しかし既に認定した通り、一審被告が海谷と互に意思を通じて撤去したのは三条物件のみであつて、前記各物件につき一審被告がその撤去を企図実行したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて一審原告の右主張はこれを採用することができない。又一審原告は本件土地建物において、ミヅホ化学工業所なる商号をもつて各種石鹸、クレンザー等の製造販売をなすべく計画し約六〇万円の資本を投じて昭和二七年秋頃以降三条物件等の設備を補充整備し、昭和二八年二月頃は既に原料資材も購入集荷し生産を開始する予定であつたところ、一審原告の不法行為によつて右操業は不能に帰し、投下した資本はすべて無駄となつたため右投下資本額に相当する損害を蒙つた旨主張する。しかしながら一審原告が右操業にあたり使用しようという三条物件が一審原告の所有に属しないことは上来説示の通りであり、又仮に一審被告の行為による(B)建物の損傷が一審被告の操業を不能ならしむるにつき一半の原因をなしたとしても、一審原告の主張する右損害はすべて特別事情によるものというべきところ、一審被告においてこのような損害の発生を予見し又は予見することのできる状況にあつたことは、これを認めるに足りる何等の証拠もない。したがつて一審被告の右主張も亦これを採用し難い。

六、結局一審原告の本訴請求は、四記載の金四九八、五五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三一年二月一七日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて一部趣旨を異にする原判決を右の通り変更することとし、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九六条、第九二条を適用して主文の通り判決する。

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